ひより軒・恋愛茶漬け -44ページ目

海へむかう電車

「海へむかう電車」

あの日、
海へ行く電車の中で
2人掛けの席に座っていた
あなた と わたし。

知り合ったばかりの
ぎこちない会話が
すごく
くすぐったくて
 わらって。

まど側の席をゆずったのは
流れていく景色をながめながら
風に目を細める
あなたの横顔を
ずっと見つめていられるから。

もう
あなたの名前は忘れてしまった のに

あの日
丈の短いパンツから伸びていた
細く柔らかそうな
あなたの脚に
さわりたい気持ちを
じっと押さえていた自分の

鼓動を今でも思い出す。

「君にささげる歌」

  「君にささげる歌」

♪この雨雲の上の目の覚めるような空を~♪

歌をうたう時、Fの目は
いつも私を見てはいません。
日も暮れて駅へと足早に
通り過ぎる人たちを追っています。
Fの歌に歩調をゆるめる人がいれば
少しでも立ち止まって欲しいから、
すぐに視線を送る準備をしているのです。

やや感情過多に歌いながら、
右に左に、ゆっくりと泳いでいる視線。
サビの部分で声をはりあげても
今日は誰も立ち止まってはくれませんでした。

曲が終わり、たった1人の観客の私が小さめに拍手をすると
ようやく彼の目が私をとらえます。
「いとしい君に、でした…。ありがとう。」
街灯の下の、小さな灯りみたいなFの笑顔が、
どうして私には、こんなに「いとしい」のかな。

* ****

Fに初めて会ったのは風の強い日。
普段は使わない駅を使ったのは
会社の新人研修が1日だけ、その駅の近くであったからでした。

研修は7時に終わり、私は1人で駅へ向かいました。
小さな駅前の広場を横切るとき、
車の音に混じってギターの旋律が聴こえてきたのです。

閉じて鈍く光るシャッターの前で
アコースティクギターを抱えたFは
風にふかれて舞う木の葉の演出で、
どこかで見た本の挿絵のようでした。

気がつくと、思わず足を止めていた私。
「ゆず風」の1曲と「ミスチル風」の1曲が終わると
Fはギターを片付けながら言ったのです。
「ねぇ。一緒にラーメン食べに行かない?」と。
それから私たちは付き合いはじめました。

Fはいろいろな場所で
毎日のように路上ライブを繰り返していました。
フツーの会社づとめの私は
休みの土日にライブにつきあう以外は
週に1度だけ、Fのアパートで夕食を作って
彼を待つようになりました。

そんな平日のFの部屋でのデートが、
私には何より楽しみでした。
時間をかけて話しをしたり抱き合ったり。
そのうえFはいつも新しい曲を私に捧げてくれるのです。

「この曲は君のために1週間かけて作ったんだよ」と。

女友達には
「何、それ~。ちょっと笑えない?」と不評でしたが。

ところがある日、
いつものようにFの部屋に合鍵で入り
帰ってくるまでに夕食を作ろうとしていた時、
いつもFが使っている机の下に
ノートが1冊落ちているのに気がつきました。

ぱらぱらめくると、1ページに1曲ずつ。
Fの作曲ノートでした。
ノートの中ほどには、先週、彼が私に捧げてくれた
「青空」という曲もありました。

ところが良く見るとページの下のほうに
小さくアルファベットと日付が書いてあります。
A・N 12/4 S・T 4/6 E・M 8/12  N・K 11/30

N・Kは私のイニシャルで…先週は11/30で… !

えっ?
何?
これって曲の使いまわしぃ?
君のために1週間かけて作ったよ、って言ってたよね?!
それがFの「いつもの手」ってこと?!

少なくとも4回は使った手。
舞い上がっていた気持ちが
サーッと引いていく音が聞こえるような気がしました。

* ***

その後、私はどうしたでしょう?
ノートをもとの場所に置き、何も気づかぬふりをして
Fのミエミエのお芝居につきあいました。
Fの嘘がわかっても、
どうしても彼を嫌いには、なれなかったのです。

それにあの時、気がつきました。
ノートの曲があと3曲しか書かれていないということに。
そして3曲目の後には
白紙のページがまだ幾つも続いているということに。

4週間後、
今は白紙のページの上に
Fはどんな曲を書いてくれるのでしょうか。
初めて私のためだけに作る、その歌のタイトルには
「私の名前をつけて」と
ねだってみようかなと思っています。

「ヒョウタンからコマ」

「ヒョウタンからコマ」

<学生時代>

女友達K「性格も外見も
 結構イケテル男の子を紹介するよ」
私「名前は、なんていうの?」
K「○○君」

「○○君。」「○○ちゃん。」「○○。」
「○っち。」「○ぴょん。」
まだ会ってもいないのに。ニヤリ。

ところが2日後
K「ごめん…打ち合わせしてたら、私たち付き合うことになって…。」
私「はぁっ?」

<OL時代>

 某クラブ内
女友達Y「あの人すごくタイプなんだけど…」
私「まかせて。…ほら、声かけてきたよ~」

ところが翌日
Y「何であの人と2人で帰るのよ!!」
私「ごめん…タイプ似てたみたい…。」
Y「はぁっ?」

  まったく恋ってやつは
  いつも意外な展開が待っているものですね。

青空

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「青空」

彼は雨オトコだった。
笑いながら白状した。

渋谷。銀座。代官山。
近くのデートでは晴れても、
少し遠出をすると必ず雨が降った。

雨の湘南。雨の八景島。雨のディズニーランド。

そして今日はお台場。
わざわざ近くを選んだのに、記念日にはやっぱり雨が降る。
雨の誕生日。22歳の。サイアク。

楽しみにしていた観覧車だって、こんな天気じゃツマンナイ。

いいじゃない、2人きり。
世界から切り離されて。
ほら、こんなこともあんなこともできるし。
笑いながら体を寄せてくる。

観覧車を降りると、風まで強くなって
せっかく買ったお気に入りの靴がダイナシ。

そんな顔しないで。
ほら、気持ちいいから。

ご機嫌ナナメの私を雨の中にほうりだす。
1本しかない傘をたたんで、どこかにかけ出す
雨オトコ。

ずぶぬれだった。
誕生日じゃなければ笑えたかもね。
頭にきたので近くの木の陰にかくれた。

おおい。おおい。
探している。
おおい。おおい。
気がつかない。

そっと木の陰からのぞくと
雨の中で必死になって私を探している。
おおいと呼んでいる。人目もはばからずに。

雨オトコ、ヒッシ。

なんかジンとして恥ずかしくなって
ゆっくりと木の陰から出ると
私を見つけた彼の顔がスローモーションで
ヒッシモードからヨロコビモードに切り替わっていく。

駆け寄ってくる雨オトコ。
濡れて額にはりつく前髪のすきまから
青空のように晴れやかな雨オトコの笑顔が見えた。

ずぶぬれで抱き合いながら
この雨雲の上の
目が覚めるような青空を想像してごらんと
耳元で雨オトコがささやいた。

君の誕生日を祝福しているよと。

「自分のコエ」

「自分のコエ」

誰かのコエが聞きたいんじゃなくて
本当の自分のコエが聞きたくて
話し相手を探すこと、ありませんか?

あっちやら
こっちやら
1日中
気ばかり使っている自分のコエを
さんざん自分自身に聞かされて

ようやく1日の終わりの
ほっとする頃合いに
誰にも気を使わない
本当の
自分のコエが聞きたくなります。

こんなふうに
自分勝手な言い方でしか
わたしには言えないのだけれど

話し相手になってくれる
あなたに
いつも
こころのなかで
ありがとう、と言い続けているのです。


「別れた奥さん」

「別れた奥さん」

 ―ねえ、どうして
  別れた奥さんと
  まだ、時々会ってるの?

大きな目に涙をためて
僕のことを見ないで。

君が大切で
君がいとしくて
今、君のそばにいる。

 ―こどもだって
  そんなに
  好きじゃないくせに。
  ねえ。ねえ。
  どうしてなの?

どんなに君が大切で
どんなに君がいとしくても
僕にはうまく答えられない。



…ごめん。
あいつの
野菜炒めと味噌汁は
忘れられないくらい
うまいんだよ。

タンデム

 「タンデム」


「今日はバイクで迎えに行くよ。」

人を驚かすのが大好きなあなたから
会社にかかってきた誘いの電話。

私用電話を
うるさい上司に悟られないように
落ちついた声をよそおい
「どちらに伺えばよろしいですか?
…はい、かしこまりました…」と
受話器を置いて
神妙な顔でメモをして。

ロッカー室で呆然とするのは
今日はスカート、
しかもセミタイトだから。

1度もバイクに乗せてもらったことのない私でも
イケテナイ感のある組み合わせ。

「お疲れ様」と誰にともなく叫んで
大急ぎで会社から飛び出すと
キラキラ輝きだした新宿の街の
重なり合う看板の上、
嘘っぽい夜空に伊勢丹のマークが浮かんでいる。

今月はまだそんなに利用していないよね…
と、すばやく頭の中で計算をして
カード社会にちょっと、というよりかなり感謝して
前から欲しかったジーンズを購入。

これなら
今日のジャケットにも合うかな。

更衣室でいそいそと着替えるのは
なんだか恥ずかしくて、
婦人用のトイレに駆け込んで着替えたら
個室から外に出る方が
ずっとずっと恥ずかしい。

舞台の早替わりじゃあるまいし。
テレビの生着替えじゃあるまいし。

待ち合わせの花園神社で
バイクの前で笑っているあなたを見たら
つい
「急すぎるよ。服、買っちゃった。」と
甘えた声が出てしまう。

あなたに手渡された古いヘルメット。
女の子用に少し小さいので嫉妬。

ドキドキ。

あなたの後ろにまたがり
「しっかりつかまって」と言われると
どこをどう、つかまるのか
「ここ?ここ?」と
なかなか体を密着できなくて笑われる。

それでもエンジンがかかると
逆に落ち着いて
あなたを後ろから強く抱きしめる。

ドキドキ。

スタートと加速。

動いている!
動いている!
はしゃいでる!
風の音がこんなに強い。

ヘルメットに残っていたの、
気づいちゃった。

知らないイニシャルと
ハートのシールをはがした跡。

だけど風の中で
声をたてて笑ってる私は
そんなこと、もう少しも気にしていないんだ。


初キス

 「初キス」

あなたの
1番古い記憶は何ですか?

私の場合は…
近所のお兄さんとの
ファーストキスなのです。

あまりにも幼かったので
定かではありませんが
4才と自分では記憶しています。

大きくなってから記憶を確かめたくて
それとなく母親に聞くと、
私が4才の頃、
母親同士の仲がよく
時々、遊びに行ったお宅があったそうです。

その辺りではとびぬけて敷地が広く、
よく手入れされたお庭は
季節の花が競うように咲き誇っていました。

そこに住んでいたのは
おじさんとおばさん、
ねたきりのおじいさん、
そしてヒトリ息子のお兄さんでした。

私が4才当時には
お兄さんは中学1年生で、
病気のためにずっと学校には行っていなかったそうです。

忘れられない記憶。
それは紫陽花(あじさい)の季節。
そのお宅のお庭でのことでした。

4才の子にとって
紫陽花の花はとても大きく
色も複雑で美しく
好奇心が強くかきたてられたのでしょう。

母親たちが居間で話し込んでいる間
普段はあまり外に出ないお兄さんを誘って
私はお庭へと走りでました。

私はおばさんの大きなサンダルを履いて
紫陽花の前に立っています。
そしてその隣にお兄さんはしゃがんで
大きな花を指差していました。

突然、
お兄さんは
私の顔を冷たい両手ではさんで
お兄さんの方へ向けました。
ちょうど同じ高さで顔と顔が向き合って…。

でもキスした前後のお兄さんの顔は
少しも思い出せないのです。

4才の子どもに
キスは特別な意味はなかったでしょう。
ふざけて回りのおとなたちと
誰とでも
キスしていたはずです。

それなのに
どうしてお兄さんとのキスが
最初の記憶として
心に刻まれたのでしょうか。
からだには全く触れられていません。

それは…たぶん
キスの後でお兄さんが言った
一言のせいだと思います。

お兄さんはキスの後
私の顔を覗き込んで
小さな声で言ったのです。

「ダレにもいってはいけない、よ」と。
「オウチノヒトにも、ないしょだよ」と。

目の前にあったはずの
お兄さんの顔は思い出せないのに
その少しかすれた声と
しゃがんだお兄さんのサンダルの足と
押し付けられた唇の感触を覚えています。

私は好きだったお兄さんとの約束を守りました。
だれにも
そのことを言いませんでした。
ただ、その時から
お兄さんに会った記憶がありません。

お兄さんが、
病気で亡くなったと
人から伝え聞いたのは
それから10年ほど経った
冬の日のことでした。

私の1番古い記憶。
紫陽花の庭での
お兄さんとのキスを思い出すとき
私にあるのは
怒りでも嫌悪感でもなく
なぜか悲しい気持ちに似たものです。

どこか甘く胸が締めつけられるような。

「熱帯魚・吉田修一」


  幸せというオリに囚われた
     主婦にとって
  読書は違う自分を生きる
     どこでもドア
  恋愛を中心に書いていきたいと思います。


 「熱帯魚・吉田修一」文春文庫

吉田修一さんの本を読むと
いつも心を強く揺すぶられます。

この文庫には
「熱帯魚」「グリンピース」「突風」の
3篇が入っています。

どの小説にも
感じ取れる人間と
感じ取れない人間がいます。

感じ取れない人間は
それだけで無邪気な善人に見え
感じ取れる人間は
傲慢な観察者だけれど
同時に憐れみのような優しさがあります。

感じ取れるものと
感じ取れないもの。

立場を変えてみれば
どちらも淋しくどちらも憐れで
どちらも優しい。

普通にいそうな恋人たち。
普通にいそうな夫婦。
普通にありそうな光景。

作者の視線の先に
無防備な自分自身がいるような
そんな気がしてしまう本でした。


スイート・テン

「スイート・テン」

以前、盛んにCMをやっていた
「スイート・テン・ダイアモンド」。

結婚10年目に
ダイアモンドの指輪をもらえる妻は
一体どのくらいいるのでしょうか?

2人が別々のお財布を持っていた頃
高価なプレゼントは
すこし恐縮するものの大歓迎でした。

でも…
結婚したら
お財布はひとつ。

高価な買い物は
当然、今月の予算を破壊してしまいます。

「それで、ひよりのご主人は
10周年記念に何を買ってくれたの?」
独身の友人は当たり前のように聞きます。
「何も。」
「え~っ!じゃ旅行は?」
「どこにも。」
「え~っ!じゃ食事は?」
「家。自宅。家庭料理。」
「え~っ!淋しいね~。
10年もたつとそれが普通なの?
やだ。やっぱり私、結婚やめとく。」

そうだね。結婚しない人生も良いよ。
ほんとに。

ただ、彼女にはずかしくて
言えなかったことがあります。

結婚10年目の記念日。
「結局ダイアモンドも何にもないね~。」
と笑いながら主人をからかうように言うと
テレビの前で寝転がっていた主人が
私にそばに来いと笑いながら手招きするんです。

「なに~、いいことでもあるの~ぉ?」
と主人の所に近寄っていくと
主人は仰向けに寝たまま、私の両手をとって…。

ぐっと私の体を引き寄せました。
ただし両足を私のお腹に当てて……。
そして私の体を両足で
宙に持ち上げたのです。

これは
いわゆる
ひこうき、のポーズ。

ごぞんじですか?

子どもがよく
パパにやってもらう
ひこうき、のポーズ。

私はうまくバランスをとりながら
両手を広げ
久しぶりのひこうきのポーズで
「ぶ~ん!地球10周!」と言って
2人で思いっきり笑ったのでした。

なんか…上手にごまかされたのかな、私。