ひより軒・恋愛茶漬け -7ページ目

二度見

まだ

明けない夜の

暗い空。


約束された

快晴のきざしを

見たい。


新しい気持ちで

あたたかい飲物を

用意する。


たちのぼり

消えていく

湯気の


とらえどころのない

かたちを追うと


ようやく

微笑めるぐらいに

こころは

静まっていく。


不安なのは

気がつかないうちに

変わってしまうことだ。


眼をこらせば

それより先に

疲弊するから


いままでより

もっと

ぼんやりと眺めて


一度通り過ぎた視線を

ひきつける何か


時間を戻し

さらに

まばたきを止める何かを


今度は

怖れずに

自分のものにする。


自分のものに

できると信じる。


たとえば

これから出会う

あなたを。






二度見することが

比較的多いです。


ぼんやりしているから、かな。


知らない人に手をふられて

その人を見つめていたことに気づく、とか。




月光

無抵抗のあなたを

うつぶせにして

縛る。


窓際の

シーツのくぼみにあわせ


月光が

あなたの白い髪を

銀色に

てらす場所で。


満月の夜は

わたしの番。


だから

何をしても許される

はず。


ほら

肩越しに

わたしを見る目は


いつもの知性と分別を捨てて

乾きながら

鋭く光っている。


風がカーテンをゆらす。


あなたの気をそらす。


わたしの知らない

まだずっと

若いころのあなたの

声を聞きたい。


これから。

ここで。


せめて

泣かさないようにして。






「やがて復讐という名の雨」という映画を観ました。

65歳の美しく縛られている女性の死体がモノクロで。


また別の日

小池昌代さんの「屋上への誘惑」を読みました。

小池さんは白髪をエロティックに感じると書いてありました。

よく、わかります。

(ちなみにウチの主人は出会ったときから若白髪です。)


それで

これを書いてみました。

バー、で。

夜の そっと

日付の変わるとき

感じる気配。


今夜

客はすくない。


生の

ピアノの

無難な選曲に


隣のトモダチの

静かな啜り泣きが

重なっている。


スツールから

ぶら下がる

2組のハイヒール。


磨かれた

バーのカウンターに

両肘をついて


シュジンも

あのひとも

やさしくてと


切れ切れにいう彼女が

現実というまぼろしに

わたしも

ぼんやりつきあっている。


退屈なんかしない。


彼女のおかげで

はじめて

こんなに長く

あのマスターと見つめ合う。


無言で

罪悪感の甘さを

嗤う

わたしたちにはしる予感。


絞られた明りを浴びて

彼女の長い髪が

ふるえる後姿を飾って

輝いている。







年末が近くなって

飲みにいく予約が入り始めました。


最近

カラオケに行っていないなー。





電車通学

制服のリボンが

ほどける。

息切れする

駅への道。


毎朝こんなに

どきどきするのは

汗だくで

走ったからじゃない。


3両目の

1番前のドア。


走ったくせに

1本

電車を見送って


狙いだった

次の車両に

さりげなく

すっと滑り込む。


彼、だ。


名前は知らない。

年も。

どんな声かも。


それでも


無邪気な女子高生の

心を捕まえるのは

よく似合う

白いシャツだ。


ずっと

遠くから

見てた


同級生にはない

大人のまなざしが

ふいに

わたしに向けられる。


ipodで耳をふさいで

文庫本の活字を

ななめに追って

はしたない視線をそらす。


きっと

耳まで

赤くなっている。


なきたいような気持ちで

顔をあげると


人ごみごしに

想像していなかったほどの

やさしい微笑があって


もう

明日からは

ここに乗らない。








いざとなると

逃げていた。


10代で

大人のあのひとに

小悪魔的だよね、と

言われたときも。




抱擁から

だから


お願い

抱きしめてって

言うよ。


本当は

あなたを

抱きしめたいから。


疲れきって

それでも

強がっているあなたの

ふらつく体を支えるために。


はりついた

弱弱しい微笑。


回した腕で

久しぶりにみる

あなたの胸の薄さをはかる。


こんなわたしだけど

もっと体重を預けていいよ。


だれに、とは

聞かない。


負けたことない、なんて

一瞬

真顔になるあなたを

つかんだまま


ゆっくり

ひざを折って着地する。


そのまま横たわり

目を閉じて。


今だけは

ここでだけは

だれも

あなたを傷つけないように


ずっと

その寝顔を

みはっているから。






わたしにも

できることがあるかも。


みてられないよ。







つけまつげ

ざわめきは扉の向こう。


飛び込んだ

化粧室の鏡に

青ざめた顔の自分が映る。


はずれた

右のまつげは

頬に張り付いたまま、だ。


見たことのある

のかたち。


グロテスクな

黒い毛の束を

指でそっとつまんで


その縁に

新しい接着剤をつける。


わかってる。


はずかしいのは

仮面をつけていたこと

じゃなくて

その仮面の安っぽさ、だ。


鏡に向かい

目を大きく見開いて

つくりもののまつげをつける。


驚いたときのように

大きくまたたいて


みせかけの美しさを

懲りもせず

身にまとってみる。


大丈夫。


泣いても

笑っても

もう、はずれない。


遠い音楽のうねり。


あそこには

わたしを追い出した人と

同じくらい多くの人が

わたしを待っている。


誰かが呼んでいる

空耳。


あとは叩かれた頬の

赤みが少し

薄れるのを待つだけだ。






パーティの夢を見ることがあります。


わたしは踊ることが好きなので

それで、かな。

キッチン

早く目覚める朝がある。


一人分の食器を

あわ立てたスポンジで

かちゃかちゃ音をたて

洗う とき


くるしみと

よろこびの

日々の


感情と

行為だけの

やりとりの記憶が


不意に

生々しく

わたしの後ろに

寄り添っていることがある。


冷たい足先。


愚痴くらい

泣き言くらい

そういって

いつまでも話し続けるわたしを


自分の息で

暖めた手で

背中から

包んでくれたあなたの鼓動。


あれほどの

やさしささえ恨んで

あなたの不在を嘆くわたしに


静寂が

ようやく

ふさわしく訪れる。


音を刻まない

デジタル時計。


乾いたキッチンマット。


落ちた小さなしずくが

作ったしみは

誰にも見えない。







ぬれた瞳

こどもだった。


小さな頭で

選んでいた。


あのみちと

このみちを。


川沿いの土手の

まじりあった

雑草のにおい。


ホームと呼ばれる場所に

居場所はなくても

選択肢は

いくつもあった。


がんこだと

人に疎まれるほうと

臆病だと

自分を疎むほうと。


いつも

風の吹いている場所。


楽しい夢だけを

選べないように


退屈な

それより

最悪な


身もだえするだけの

時間を

だれもが

与えられている。


気がつけば


幸せの等しさではなくて

不幸の等しさに

癒される


そんなものの


人と自分の卑しさに

ほっと安心するとき


赤い夕日が

遠く向こう岸へ

ゆっくりと沈んでいく。






以前、友達に女神というあだ名を

つけられそうになりました。


「そんなに良い人じゃないよ」


そういうと友達は

嫌?と、意外そうな顔をしました。


嫌、だ。


そんな立派な人じゃないから

わたしは自分が好きなんだから。





成長

あなたは


春が欲しかったのだと

秋になって知る。


わたしから熱をうばう

涼しい風。


わたしが

努力して

ようやく得たのは


分別

それと熟練。


愛し方の。


もう ここに

あなたの欲しがる

未熟さはない。


届いていると思っていた。


あのひとたちとは違うから。


常識にとらわれない価値観

奇をてらわない日常の所作。


過程しか持たない

あの場所から逃げ出して

なりたいものになった

わたしには


もう

あなたさえ

必要ないのだと

伝えなければならない。






涼しくなっても

行動力は

失いたくないですね。


近くに気持ちの良い場所を

みつけました。



リレー・バトン

見上げなくても

空の色はわかる。

強い日差しが

まぶしくお前を照らしている。


ならされた土の上に

等間隔で引かれた

白いライン。


その間の

コースの上を

まっすぐ顔をあげて

お前は走ってくる。


腕をふり

腿を大きくあげ

筋肉は強く絞られて


汗ですべるのではなく

逆に

手のひらに吸い付くバトンを

俺に渡そうと。


大切なのは

助走の距離だ。


俺は

半身をひねり

ふたりの距離をはかる。


まだ伸ばしていない

俺の手に向けて

ああ お前は今日も

あんなに早く手を伸ばしている。


あえて聞き逃した言葉。


わからない、と答える

自分の声の冷たさ。


後方のすべてから

与えられるものの重さから

顔をそむける

絶妙のタイミングが


今。


ようやく

お前に手を伸ばし

俺はただ走り出す体勢で

前方に顔を向ける。


手のひらに触れる

深く届く

ぬれたバトンの


感触

その予感におびえ

身勝手に

どこかで心地よさを期待しながら。








運動会シーズン。


走ることがあんなに好きだったのに

今は運動不足です。


引っ越してきたこの場所で

早くランニングコースを見つけなければ。